ともづなのブログ

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施設長日記「介護のほんとのこと」

director's diary

「生を見守る」しごと

2018.6.11 up

あるサイトに掲載されたご家族の手記です。
~ 93歳で倒れた祖母。
以前から、本人が何度も「病院は嫌。薬も点滴も、何も無しで自然にゆきたい」と言っていた。
自宅介護になったのだけど、医者や看護婦やヘルパーの方々がとにかく治療しようとする。
点滴、鼻からの栄養、胃ろう、抗生物質や解熱剤、利尿剤……。
やんわり拒否すると、「なんかの宗教ですか?」とか
「治したいと思わないんですか?」とか、
まるでおかしいみたいに言われた。苦しかった。
あのね、93歳だよ、って。
多少、認知症もあって、本人も「もっと長く生きたい」なんて思ってなくて、
むしろ将来が不安で、「生きすぎた」って言ってたんだよ。
食べられるものは食べさせたり、お風呂に入れたり、
そういったケアは一生懸命やるけど、医療は無し、でいいじゃない。
経験からすると、相当、意思が強くないと、流されてしまうと思う。 ~
「救命」ではなく「生を見守る」のが私たちのしごとだと感じています。
家族以外のものがひとさまを「見守る」ために必要なものとは何か?
試行錯誤の毎日です。

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ケ・セラ・セラ ~ なるようになるさ

2018.5.29 up

ヒトは常に前を見て生きる生き物です。
見過ぎると心配になったり、不安に駆られたりします。
コドモの時は、オトナになったら先のことなど心配しなくなるものだと思ってましたが、
50歳の扉が見えてきた今でも、相変わらず先のことをあーでもないこーでもないと考えています。
某大臣の暴言で「いつまで生きるつもりだ」という発言がありましたが、ヒトはいつまででも「先のことを考える」愚かな生き物なのかもしれません。
認知症のお年寄りは、この「将来」という呪縛から解き放たれた方たちです。
そのことは、ある意味、神様からの「ギフト」ではないかとさえ思えることがあります。
後先考えない無鉄砲な生き方がいいわけではないですが、過度な心配や不安も、それこそ先の人生に影響を与えてしまいます。
ケ・セラ・セラ ~ なるようになるさ
認知症の方たちの「今」に寄り添える介護という仕事の尊さとありがたさを感じています。

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数字

2018.5.15 up

体温、脈拍、血圧、呼吸速度、SpO2(動脈血酸素飽和度)、糖尿病の方の血糖値 etc
ホーム職員は、入居者の様々な数字に一喜一憂しがちです。
私たちの勤務は1日8時間、月に概ね170時間です。
入居者の生活は1日24時間、月約720時間ずっと繋がっています。
「治療」を目的とした病院での連続したケアと、「生活」を目的としたともづなでのケアとでは、その意味合いが異なります。
①一緒にいること
②出来ないことを支援すること
③変化に気づくこと
の3点が職員の役割です。
直近の数字等にこだわり過ぎるよりも、まず、一緒にいること。
そして、いつもと違うことに気づくこと。
そのうえで、経過記録等を参照し、前後の状況を把握していくこと。
そのあたりが肝要だと感じています。

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それでも食べさせたい、それでも歩かせたい。

2018.5.2 up

施設運営にリスクはつきものです。
そもそも平均介護度3.8の方々は、食べることひとつ、排泄することひとつ、あらゆることにリスクがついて回ります。
なるべく安全を損なわない方法や環境を追い求めるのは事業者として当然ですが、しかし「絶対」はありません。
昨今は、施設内での事故に対して訴訟等も多くあると聞きます。
利用する側の権利意識が育ってきたことは、介護保険が育ってきたこととリンクしたことで悪いことではないと思います。
(福祉の時代には、利用する側は「お世話になってる」感覚が強いものでした)
しかし、同時に権利だけが肥大化していくことにも注意は払われなければならないと思います。
(でなければ、事業者は怖くて高齢者の方々をお預かりすることもできません)
「立ち上がって危ないから縛る」
「徘徊するから鍵をかける」
「誤嚥してあぶないから、口から食べさせない」etc
ともづなでは 旧来の福祉や老人医療が当たり前に行ってきたことに対するアンチテーゼを考え方の基軸にしています。
「事故を起こす可能性があるからクルマを運転しない」という考え方はやはり違うと思うからです。
「なるべく使うこと」と「それに伴うリスク」は表裏一体です。
施設での起こりうるリスクについて、ご家族をはじめとするステークホルダーの方々に、折を見てはお話しするよう心がけています。

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デレゲーション

2018.4.21 up

この世の中で最も難しいことは、「自分以外に人間に、自分が思うことと同等かそれ以上のことをしてもらうこと」だと思います。
相手がそれをこちらの目的を満たすようにしてくれるには、当然ですけど相手がそのことを理解して納得することが必要です。
管理職の立場にある人なら、これがどれほど難しいか身にしみていることと思います。
そんなめんどくさいことせずに、自分でやってしまった方がよほど楽なこともあります。
そもそも全てを一人で担うことは出来ないから「組織」であり「事業」なのです。
任せる側と任せられる側、互いの意思疎通と信頼関係、なによりなぜそのような権限移譲(デレゲーション)が必要なのか、そのあたりの文化の醸成が組織としての成熟のカギであることを痛感しています。

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あなたは誰と過ごしたいですか?

2018.4.4 up

ヒトは一人では生きていけません。
だから、誰かと一緒にいます。
親子、兄弟、恋人、夫婦、友人等々・・・。
例えば旅行は「どこに行くか」よりも「誰と行くか」の方が大切です。
「大好きなひと、一緒にいたいひと」と行けば、どこに行こうとも最良の満足が得られるからです。
介護の仕事の基本は「一緒にいること」です。
介護を「出来ないことを介助する仕事」と捉えていると相手の信頼は得られません。
入居者の皆さんも「大好きなひと、一緒にいて楽しいひと」と一緒にいたい気持ちは同じです。
私たちは、ご家族の代わりにはなれませんが、穏やかな時間を共有するために日々試行錯誤を重ねることが大切だと実感しています。

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病院が安心?

2018.3.20 up

私が病院に入職した約25年前は老人医療費の自己負担はほとんどなく、いわゆる「社会的入院」が問題となっていた時代でした。
「三食昼寝付き、ドクター付き」と揶揄されたものです。
時は流れ、介護保険制度が浸透してきた現代では、あらためて高齢者医療の在り方が問われています。
増え続ける老人医療費に対して、
① どのように予防していくか
② 終末期までを含めた医療と介護
の2点がメインテーマです。
この2つの問題に対処していくために介護保険は創設されました。
②は平たく言えば「どこで介護を受け、どこで死にゆくか」ということになります。
病院は「治療」の場所なので、その必要がないのにずっと居続けることはできません。
またその「治療」そのものも、終末期にむかう前提の中でどこまでが必要なものなのか?
そして長らく続いた医療過多の時代に我々国民に培われた「病院が安心」という依存心。
一筋縄でいかない問題を、日々の介護の中で実感しています。

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メッセージ

2018.3.7 up

医療保険は2年に1回、介護保険は3年に1回、時勢を鑑みて制度の改正が行われます。
つまり6年に1回、2つの保険が同時に改定されることになりますが、平成30年度(4月から)はちょうどこれにあたります。
そのため、この時期、医療・介護関係者は新しい制度への対応に追われます。
医療も介護もその原資は税金です。
限られた財源の中で、どのようにその原資を配分していくか?
一つ一つの制度改正には、未来への提言とでも言うべき国からの「メッセージ」が込められています。
地域で求めらているもの、国から求められているもの、何よりもご利用者自身から求められているものは何か?
常に柔軟な対応が出来るよう、肝に銘じています。

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読書

2018.2.23 up

人から勧められた本は身に付かないといわれます。
その時のその人にとっては、その内容が「腹落ちする」に至らなかったからです。
本は、ヒトが積み上げてきた経験値の集積です。
ヒトが生きるための真理は、時代や場所が違ってもそう大きく変わるものではないので、おのずと不変のものとなります。
ただ私たちは、経験値を伴わずにその不変のものに触れると、それを「当たり前のこと」「よく言われていること」と解釈してしまいがちです。
あたかも見栄え良く掲げられたスローガンや標語のように感じてしまうのです。
「当たり前のこと」「よく言われていること」を深く深く掘り下げると「不変の真実」に突き当たる。
痛い目やきつい目を経験して、他人事ではなく自分のこととして認識する。
そのうえで「不変の真実」に突き当たったとき、人は本当にそのことが「腹落ち」するのだと思います。
やっぱり、先人達が積み上げてきたことに敬意を表さずにはいられません。
だから、読書は素晴らしいことだと思います。

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イラッとすることもあります

2018.2.12 up

施設職員による虐待行為は、特定の個人の責任に転嫁されがちです。
もちろん、著しく適性を欠く職員による事例もあるでしょうが、原因はそれだけではありません。
私たちの経験値では
①ヒトはだれでも「イラっとする」ことを認め、どういうときにそのような感情となるか、またその回避手段を皆で共有すること
②職場のモラルの醸成に常に注力する
の2点が重要だと考えます。
介護の現場は、一般社会の通念から見れば理不尽なことの連続です。
そのようなことが、特に夜間帯職員が手薄な時、しかも重なって起きるなどすることもしばしばです。
ヒトは聖人君主でも何でもなく、イラッとすることもあることを認めること。
現在の状況がその危険性を孕んでいることを理解すること。
そして何よりも、職員がある程度余裕をもって業務できるよう、システムを構築すること。
そんなことをいつも考えています。

カテゴリー:介護のほんとのこと

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